2020年3月29日

「写真の日」について(令和元年12月議会個人質疑より)

投稿者: wpmaster

◆令和元年第四回市議会定例会において、『写真の日』について、以下のような趣旨の質疑を行いました。

【現状】

・日本写真協会は1841年6月1日に長崎の蘭学者、上野俊之丞が日本人として最初の写真撮影を行ったことから毎年6月1日を「写真の日」として制定している。

 

【私からの質問の内容】

・「6月1日」に長崎の蘭学者が日本で最初の写真撮影を行ったという事実は誤りであったと後に判明している。こうした事実を把握しているか?
・鹿児島が写真発祥の地であり、写真を観光資源として活用していく必要性は?

【引き出した回答】

・6月1日が「写真の日」として制定された後、長崎の上野俊之丞が撮影したという事実は誤りであると判明した。しかし現在も引き続き六月一日が写真の日とされている。
また、一八五七年九月十七日に鹿児島城内におきまして、市来四郎など薩摩藩士により島津斉彬の撮影が行われたことが判明した。
・島津斉彬像の銀板写真は日本人が撮影した写真で、現存する最古のものとして国の重要文化財に指定されており、観光資源としての活用について今後研究してみたい。

【私からの提案】

・写真の日の見直しを求める動きが民間の一部であり、市としてもこうした動きに対する支援や働きかけを。
・島津斉彬の写真について鹿児島県観光サイトには「登録有形文化財」と記述されている。「重要文化財」、もしくは「国指定有形文化財」が正確であり、県のオフィシャルサイトであるので調査。修正を求める。

【質疑概要】

写真の日についてお尋ねします。
まずお伺いしますが、六月一日が写真の日と制定されておりますが、その由来、概要についてお示しをください。
答弁を願います。
◎教育長(杉元羊一君) お答えいたします。
写真の日は、制定しました公益社団法人日本写真協会によりますと、一八四一年の六月一日に蘭学者である上野俊之丞が長崎で入手したカメラで島津斉彬を撮影したことを由来としたとのことでございます。
以上でございます。
◆(杉尾ひろき議員) 答弁をいただきました。
一八四一年の六月一日に長崎の蘭学者上野俊之丞が長崎で入手したカメラを持ち島津斉彬を撮影した。これが日本で最初の写真撮影であったことの由来からこの日に制定されたとのことであります。
しかし、この写真の日の由来についてはその後の調査で新たな発見と由来に誤りがあったとお聞きをしておりますが、そこで伺います。
新たに明らかになった事項や由来の誤りについてお示しをください。
答弁を願います。

 

◎教育長(杉元羊一君) 写真の日が制定された後、先ほどの島津斉彬を撮影したという事実は誤りであると判明しましたが、引き続き六月一日が写真の日とされております。また、一八五七年九月十七日に鹿児島城内におきまして、市来四郎など薩摩藩士により島津斉彬の撮影が行われたことが判明いたしました。
以上でございます。

◆(杉尾ひろき議員) 答弁をいただきました。
まず、これまで長崎の上野俊之丞がオランダの商船から譲り受けた写真機を入手し島津斉彬を撮影したとされていましたが、撮影されたとする一八四一年六月一日は島津斉彬は江戸藩邸に滞留中であったこと。また、写真機を譲り受けたとされるオランダ商船がオランダに写真機を持ち帰っていたことが明らかになり、六月一日に日本で最初の写真が撮影されたという事実は誤りであったということが判明をいたしました。
また、こちらの有名な写真になりますが、昭和五十年、尚古集成館で偶然、この島津斉彬の銀板写真が発見をされました。写真は一八五七年九月十七日に、現在の暦で十一月二日に当たるそうですが、薩摩藩士・市来四郎、宇宿彦右衛門を初めとする薩摩藩の写真研究チームにより撮影をされたもので、薬品の取り扱いの難しさから、写真機の入手から九年の月日をかけてようやく撮影に成功したという記録も残されております。そして、この写真が日本で最初に撮影された写真であるということもわかりました。
そこで、引き続き伺いますが、現存する写真の中で最古の写真とも言われるこの島津斉彬の銀板写真の文化財的な価値についてお示しをください。
答弁を願います。

◎教育長(杉元羊一君) お述べになられました島津斉彬の写真は、日本人が撮影した現存する唯一の銀板写真であり、幕末の薩摩藩の先進性がうかがえる貴重な資料であることから、文化財的価値は非常に高く、国の重要文化財に指定されております。
以上でございます。

◆(杉尾ひろき議員) 答弁をいただきました。
日本人が撮影した現存する唯一の銀板写真で、日本最古の写真であることから、重要文化財に指定をされております。写真が重要文化財として指定されたのは初めてのことであるそうで、その歴史的価値ははかり知れないものがあります。
先ほど答弁もいただいたように、現在、写真の日は由来の誤りが判明した後も六月一日のままになっておりますが、見直しを求める動きが民間団体のほうでもあるやに仄聞をしております。このことが変更されることができれば、日本で最初に写真が撮影されたのが鹿児島であるということを広く周知することができ、本市の魅力発信にもつながりますので、当局とされてもこうした動きに対する支援や働きかけをぜひともお願いいたしたいと思います。
あわせて、この島津斉彬の銀板写真を検索しますと、鹿児島県観光サイトのページが一番上位に表示されます。このページには平成十一年六月七日に国に登録有形文化財に指定されましたと記述をされておりますが、正しくは先ほど答弁いただきましたように重要文化財、もしくは国指定有形文化財が正確だと思われます。県のオフィシャルなサイトでのことですので調査の上で修正をするようにこちらについてもぜひ教育委員会のほうで働きかけをお願いいたしたいと思います。
この項の最後に、全国ではこうしたさまざまなアイデアで写真の歴史的な価値を生かして観光資源として活用している自治体が多くあります。
そこで伺いますが、他都市における写真発祥の地と観光資源としての取り組みにはどのようなものがあるものか。
また、鹿児島が写真発祥の地であるという歴史的な価値を本市の観光施策の中で活用していく必要性について当局の見解をお聞かせください。
答弁を願います。

 

◎観光交流局長(有村隆生君) 長崎市では日本の写真の開祖とされる上野彦馬ら多くの日本人が写真技術を学んだとされており、明治維新百五十年を記念し、幕末から明治期に長崎で撮影された写真を一堂に集めた企画展が開催されたところでございます。また、横浜市におきましては、初の日本人写真師とされる下岡蓮丈の顕彰碑が建立されております。
島津斉彬像の銀板写真は日本人が撮影した写真で、現存する最古のものとして国の重要文化財に指定されており、観光資源としての活用について今後研究してみたいと考えております。
以上でございます。

◆(杉尾ひろき議員) 答弁をいただきました。
鹿児島県写真協会のホームページの挨拶は、「日本の写真発祥の地である鹿児島」から始まっており、また、過去には鹿児島の写真家の方々が鹿児島写真美術館の設立を目指して実行委員会まで立ち上げて、当時の赤崎市長に要望書を手渡したなどという話もお聞きをしたことがあります。
今回は積極的な答弁には聞こえませんでしたが、さまざまな活用の可能性があろうかと思われますので、今後研究してみたいとのことでありましたので、次の機会に改めて質問させていただきたいと思います。